元請けのSIerで数年働いて、転職を考えはじめたとき。求人票を開いて手が止まるのは、たいてい同じところです。自分は何ができる人なのかを、一行で書けない。
設計書は書きました。スケジュールも引いた。ベンダーとの打ち合わせは毎週回してきた。それなのに、職務経歴書の「技術スキル」の欄だけが埋まらない。コードを書いていた時間が短いからです。
先に結論を置きます。埋まらない欄を埋めようとするのが、いちばんの遠回りです。
あなたが毎日やっていた仕事のほうには、外から買ったときの値札がすでに付いています。PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)の代行を1人月頼むと、月額120万円(税別)から※1。年に直すと1,440万円です【計算】。値札の中身は、進捗管理表の更新、課題管理表、会議体の運営、議事録、WBSの作成。元請けの現場の日課と、ほとんど同じ並びになっています。
ここで扱うのは出ていく側の話だけです。SIerという業態そのものの説明はSIerとはに譲ります。この記事は、どこへ移れて、何に値段が付いて、何が会社に残るのかを、官公庁の統計と実際に売られている価格表で確かめたものです。
SIerから転職するとき、最初に確かめるのは「外から買うといくらか」
PMO代行を外から買うと1人月120万円(税別)から、週1〜2日相当のスポット対応でも月80万円からという価格が公開されています※1。元請けで毎日やっていた進捗管理・課題管理・会議運営・WBS作成は、この値札の中身とほぼ同じ並びです。転職の材料は、技術スキル欄ではなくこちら側にあります。
PMO専門会社であるプロシアコンサルティングは、サービスの料金を自社サイトに出しています※1。
| プラン | 料金 |
|---|---|
| PMO代行・派遣(1人月) | 月額120万円(税別)〜 |
| スポット対応(週1〜2日相当) | 月額80万円〜 |
年額にすると、1人月のプランで1,440万円、スポットで960万円です【計算】。
値札の中身は、元請けの現場の日課とほぼ同じ
同じページには、その金額で何をやるのかも並んでいます※1。
- 進捗管理表・課題管理表の更新
- 予算管理表・リスク管理表の作成
- 会議体の運営代行とファシリテーション
- 議事録の作成・共有
- 共有フォルダ・管理ツールの管理
- 問い合わせ対応・FAQ作成
- ドキュメントのバージョン管理
- WBSの作成・更新
- 各種マニュアルの作成・更新
- 進捗データの収集・更新
読んでいて、心当たりが多いはずです。これが元請けの日常業務そのものだから。手が動いていないと感じていた時間に、月120万円という値札が付いていた。 それが最初に確かめるべき事実です。
買う側の算数 ─ 外から買うか、採るか
会社の側から見ると、話はもっと単純になります。
外から買えば年1,440万円。同じ仕事を社員にやってもらうなら、年収に社会保険料の会社負担や採用費を足しても、1,000万円を超えることはそう多くありません。差額がそのまま、中途採用の予算になります。
だから事業会社は、元請け出身者に金を出します。人が足りないからではなく、外から買うより安いからです。
そして、その「買うより採る」の判断は、いま増えている側にあります。IPAが日米独の企業を調べた結果では、システム開発の内製化を「進めている/必要な部分は済んだ」と答えた企業の割合は、米国91.4%に対し、DXで成長の成果が出ている日本企業で58.2%※3※4。差は33.2ポイントです【計算】。
もうひとつ、同じ表に効く数字があります。DXを推進する人材の量が「過不足はない」と答えた日本企業は、成長の成果が出ているグループでも8.5%※4。米国は64.3%です。足りていないほうが、圧倒的に多い。
SIerから転職した人の賃金は、実際どうなったのか
2024年に転職した人のうち、前職より賃金が「増加」したのは40.5%、「減少」は29.4%で、増加が11.1ポイント上回りました※2。25〜29歳では増加46.3%、30〜34歳では46.1%。20代から40代の終わりまで、どの年代でも増加が減少を上回りました。
厚生労働省の雇用動向調査は、毎年、転職した人の賃金がどう動いたかを聞いています。令和6年(2024年)の結果です※2。
| 年齢 | 増加 | うち1割以上の増加 | 変わらない | 減少 |
|---|---|---|---|---|
| 20〜24歳 | 50.5% | 38.5% | 31.5% | 16.8% |
| 25〜29歳 | 46.3% | 37.9% | 23.1% | 29.2% |
| 30〜34歳 | 46.1% | 36.0% | 29.1% | 24.2% |
| 35〜39歳 | 45.5% | 35.3% | 28.0% | 24.3% |
| 40〜44歳 | 45.9% | 33.2% | 23.7% | 29.0% |
| 45〜49歳 | 46.4% | 29.1% | 26.9% | 23.8% |
| 50〜54歳 | 39.0% | 26.3% | 31.7% | 28.2% |
| 55〜59歳 | 27.4% | 17.3% | 33.6% | 36.6% |
| 全年齢 | 40.5% | 29.4% | 28.4% | 29.4% |
見るべきは、45〜49歳の行が46.4%と、25〜29歳(46.3%)とほとんど同じところ。上がるかどうかを決めるのは、年齢ではなく移り先のほう。
一方、55〜59歳で増加27.4%・減少36.6%と逆転します。区切りは50代の半ばで、20代のうちではない。
「IT業界から人が逃げている」は、統計では逆でした
同じ調査の産業別の数字も見ておきます。情報通信業(2024年)は、入職者209.5千人に対して離職者190.2千人※2。入ってきた人のほうが19.3千人多い【計算】。率でも入職率11.2%・離職率10.2%で、1.0ポイントの入職超過でした。
転職入職率(その年に転職で入ってきた人の割合)は7.4%。産業計の9.7%より低く、動きそのものは平均より落ち着いています。
つまり、業界の流れに押されて動くという話ではありません。動くかどうかは、自分の設計の問題として残っています。
不安がいちばん大きくなるのは、30代の入り口
同じ調査で、前職を辞めた理由も聞いています。男性で「会社の将来が不安だった」と答えたのは7.4%。前年の5.2%から2.2ポイント上がり、この年の上昇幅では最大でした※2【計算】。
年齢で割ると、もっとはっきりします。30〜34歳の男性では14.9%。全年齢の倍です。
私は仕事の相談を受けてきて、辞めていく人に共通するサインを3つ見つけました。そのうちのひとつが、「みんなができることが自分だけできない」と自分を責めてしまうというものです。
元請けの現場は、この感覚が起きやすい場所です。実装を外に出す設計になっているので、手が動いている時間が短い。それを「自分だけできない」と読み替えてしまう。
けれど必要なのは励ましではなく、説明でした。なぜこの仕事はこうなっているのか、が分かると、自分を責めるところから抜けられます。値札の話から始めたのは、そのためです。仕組みは多重下請け構造とはで分解しています。
SIerから転職する先は4つ。稼ぎ方が違えば、評価される力も違う

行き先は大きく4つ。事業会社の社内SE、ITコンサル、自社開発(Web系・SaaS)、同業の別のSIer。この4つは稼ぎ方がそれぞれ違います。時間を売る会社、判断を売る会社、製品を売る会社。どこで儲けているかが変われば、あなたのどの力に値段が付くかも入れ替わります。
| 行き先 | その会社はどこで稼ぐか | 高く買われる力 | 値段が付きにくい力 |
|---|---|---|---|
| 事業会社の社内SE | 自社の本業。ITは費用の側 | ベンダーを動かす段取り、業務の言葉への翻訳 | 最新技術の追いかけ |
| ITコンサル | 人の時間×単価。判断そのものが商品 | 見立て、構造化、合意形成 | 手を動かす作業 |
| 自社開発(Web系・SaaS) | 製品の粗利。使われ続けることが売上 | 作って、測って、直す速さ | 大人数の統率 |
| 同業の別のSIer | 人月。時間の在庫を売る | 元請けの型がそのまま効く | 変化の幅 |
表の右2列が、この記事の主題です。同じ人が同じ力を持ったまま移っても、値段は行き先で変わります。
事業会社の社内SEについては、募集がどう出るかから逆算した記事を別に用意しています(社内SE転職の道順)。
同業の別のSIerへ移る選択も、後退ではありません。稼ぎ方が同じなので、身につけた型が1日目から効きます。ただし賃金の伸び方は、稼ぎ方の違う先へ移ったときほど大きくならない【推測】。時間を売る商売では、値段の上限が単価の相場に縛られるからです(人月単価とは)。
SIerから転職して値札が付くのは、作った量ではなく決めた場面
職務経歴書で効くのは「何行書いたか」ではなく「何を決めたか」です。PMO代行の価格表に並ぶ業務※1は、全部が決めるための下ごしらえ。数字を集め、課題を並べ、会議で結論を出し、記録に残す。この一連を止めずに回せる人が、外から買えば月120万円の枠に入ります。
書き方を変えるだけで、同じ経歴の見え方が変わります。
| 書きがちな形 | 値札が付く形 |
|---|---|
| 要件定義を担当 | 業務部門3部署から出た要望47件を、実装する18件と見送る29件に仕分け、判断の理由を文書化 |
| 進捗管理を実施 | 遅延が出た週に、残作業を洗い直して優先順位を組み替え、納期を動かさずに着地 |
| ベンダー管理を経験 | 見積りの根拠を工数の単位まで分解し、2社の差額の中身を説明したうえで発注先を決定 |
右側は、どれも「決めた場面」です。数字と、選ばなかったほうがセットになっています。選ばなかった選択肢まで書けると、判断した人だと分かります。
買う側の見方をそのまま学べる一冊として、システムを「外注」するときに読む本があります。発注した側の立場からプロジェクトを見て、どこで話がこじれるのかを裁判例まで遡って拾っている本です。請ける側にいた人が、買う側の目線へ切り替えるときに、答え合わせの材料になります。
SIerから転職するとき、持ち出せないものは4つある
持ち出せないものは4つ。①会社の看板が付けてくれていた発注の力 ②100人月の体制そのもの ③納品したものの中身 ④外に出していた実装の手。先にここを数えておくと、面接で答えに詰まる場所が消えます。
転職の記事の多くは「SIerの経験は活きます」で終わります。活きるのは本当です。ただ、活きないものを先に数えたほうが、面接は速く進みます。
① 会社の看板が付けてくれていた発注の力
あなたの一言でベンダーが動いたのは、あなたの会社がその金額を払っていたからです。移った先では、その裏づけがいったんゼロに戻ります。
持ち出せるのは権限ではなく、権限が無い状態でも人を動かすときの手順です。面接では「発注者として指示した話」より、「立場が弱い側で合意を取った話」のほうが効きます。
② 100人月の体制そのもの
100人の現場を回した経験は、10人の会社ではそのまま再現できません。会議体も、承認の階段も、数が違えば形が変わります。
持ち出せるのは規模ではなく、段取りの型。「体制が小さくなったとき、どの管理をやめてどれを残すか」を言える人は、規模の話を自分の言葉に変換できています。
③ 納品したものの中身
守秘義務は退職後も続きます。作った画面も、設計書も、ポートフォリオには出せません。
だからこそ、言葉で説明できる形に変えておく必要があります。業界名は伏せ、規模と役割と判断だけを残す。在籍中に一度書いておくと、辞めたあとで思い出す手間が消えます。
④ 外に出していた実装の手
設計と管理に時間を使った分だけ、手を動かした時間は短くなっています。これは能力の話ではなく、配分の話です。
移り先が「作る会社」なら、ここは正直に申告したほうが早い。隠すと、入ってから3か月で分かります。 代わりに、埋める計画を出す。次の章の話です。
SIerから転職する前に、いまの職場でだけ作れる持ち物
辞めてからでは作れない持ち物が3つあります。自分が動かした金額、自分が決めた場面の記録、外の物差しで測った証明。とくに金額は、在籍中なら見積書と発注書で確かめられます。退職後は手元に残りません。
動かした金額を、いま数える
プロジェクトの総額、自分の裁量で動かせた範囲、削った額。この3つが言えると、面接の前半が一気に短くなります。
金額は、決裁の重さをそのまま表す数字です。同じ「PM経験」でも、5,000万円と5億円では会う相手が変わります。
決めた場面を、議事録とは別に残す
議事録は「何が決まったか」の記録です。転職で要るのはその手前、「選択肢が2つあって、なぜこちらにしたか」のほう。
週に1件でいい。3か月で12件たまります。職務経歴書に書くのは、そこから3件を選ぶだけの作業になります。
外の物差しで測った証明を1つ持つ
実装から離れていた人ほど効くのが、社外の試験です。たとえばAWS認定ソリューションアーキテクト – アソシエイトは、受験料150USD、試験時間130分、問題数65問※5。
資格そのものが力の証明になるわけではありません。社内の評価とは別の物差しでも測れる、という一点に意味があります。手を動かす時間が短かった経歴の、いちばん弱いところを補う場所です。
SIerから転職したあとの毎日は、どこが変わるか
いちばん変わるのは、仕事の終わり方です。元請けでは納品で区切りが付きました。事業会社や自社開発では、出したあとが本番になります。締め切りで区切られる毎日から、動き続けているものを見る毎日へ。向き不向きは、ここで分かれます。
終わりが来ない
納品してからが始まりです。使われた数、止まった回数、問い合わせの内容。数字は毎日更新されます。
区切りで達成感を得てきた人には、最初の半年が長く感じられます。逆に、直し続けることが苦にならない人には、ここが居心地のいい場所になります。
評価の物差しが入れ替わる
元請けでの物差しは、納期・品質・コストでした。事業会社や自社開発では、使われたか・数字が動いたかに変わります。
「予定どおり出した」が評価されない場面が出てきます。出したあとで誰も使わなければ、予定どおりでも点がつかない。慣れるまでは、ここが一番とまどう場所です。
会議が減り、決める速度が上がる
承認の階段が短くなるぶん、判断がその場で求められます。持ち帰る回数が減り、根拠を口頭で出す機会が増えます。
元請けで身につけた「根拠を文書で揃える」習慣は、ここで武器になります。同じ根拠を、紙ではなく口で出せる形に組み直すだけだからです。
SIerから転職するときの、よくある質問

よく届く質問を4つ。年齢の区切り、資格の要否、同業への移動、技術の不足。どれも答えの形は同じで、「行き先の会社がどこで稼いでいるか」を先に決めると、自動的に答えが出ます。
20代のうちに動いたほうがいいのか
賃金だけで見ると、区切りは20代ではありません。45〜49歳でも増加46.4%・減少23.8%で、増加が22.6ポイント上回っています※2【計算】。逆転するのは55〜59歳(増加27.4%・減少36.6%)です。
20代が有利なのは金額よりも選べる幅のほうです。未経験の職種を含めて選択肢が広い。金額の勝負は40代後半まで続きます。
資格は要るのか
要件として書かれていることは多くありません。使いどころは、実装から離れていた期間を説明するときです。
AWS認定ソリューションアーキテクト – アソシエイトなら150USD※5。落ちても金額の傷は浅い。「勉強しています」と言う代わりに日付の入った結果を出せる、という使い方が向いています。
同じSIerの別の会社へ移るのは後退か
後退ではありません。稼ぎ方が同じなので、身につけた型が初日から効きます。年収も、同業内の移動は上がりやすい部類です。
ただ、この記事で数えた「持ち出せない4つ」は、同業内では問題になりません。裏を返すと、鍛え直す機会も来ない。そこだけ見込んでおくと選びやすくなります。契約とお金の流れの違いはSESとSIerの違いにまとめました。
未経験の言語や技術は、どこまで求められるか
行き先で違います。事業会社の社内SEとITコンサルは、技術の幅より業務の言葉に翻訳できるかを見ます。自社開発は手が要ります。
自社開発を狙うなら、持ち出せない4つ目(実装の手)を埋める計画が先です。狙わないなら、その欄は空でかまいません。空欄を埋めるより、空欄でいい行き先を選ぶほうが速い。
出典
- ※1 PMO代行・派遣サービス(プロシアコンサルティング)
- ※2 令和6年雇用動向調査結果の概況(厚生労働省)
- ※3 DX動向2025(独立行政法人情報処理推進機構)
- ※4 調査分析ディスカッション・ペーパー2025-01 DX動向2025 – 成長のためのDXに求められる取組(独立行政法人情報処理推進機構)
- ※5 AWS Certified Solutions Architect – Associate(アマゾン ウェブ サービス ジャパン)
Amazonのアソシエイトとして、儲けの構造は適格販売により収入を得ています。

